艦名考 「丸」     



 商船や漁船の末尾に付けられる「丸」。船名に特定の文字が付くというのは世界にも類を見ない珍しい習慣で、「MARU-Ship」といえば日本船、「MARU-Fleet」といえば日本商船隊の代名詞にもなっているほどです。

 何故、「丸」を付けるのか・・・それは「法律で決まっているから」。「船舶法取扱い手続き」で「船舶ノ名称ニハ成ルベク其ノ末尾ニ丸ノ字ヲ附セシムベシ」となっています。「成ルベク」なので付けたくなければ付けなくても良いのですが、船の名前ぐらいでお上に逆らっても仕方ないので、とにもかくにも「丸」がついていました。
 商船や漁船の他、官船も丸名がつけられました。ただ、海軍の戦闘艦艇だけは「艦」を付け(後に省略されます)、「丸」は運送船などの特務船のみに付けられました。

 では、「丸」とは一体、何でしょうか・・実は・・よく判らない。というのが正解です。戦前に大阪商船が発行していた雑誌に和辻博士(<あるぜんちな丸>や<報国丸>をデザインした人)のエッセイが載っているのですが、丸については「研究している人もいるが、正確なところは判らない」となっていました。そして、戦後、商船三井(大阪商船)が出したエッセイ集でも「判らない」になっていたので、研究の成果はあがらなかったようです。

 有力な説を紹介しますと・・・

◆愛称
 親愛や愛用の名称としての「丸」。
 梵天丸(伊達正宗)とか日吉丸(豊臣秀吉)のように幼名に丸をつけることは極めて一般的ですし、「鬼丸」のように刀剣や楽器、盆栽など日常接するものにも丸をつけることがありました。
 この説では、主に小型の舟艇などが「xx丸」と名づけられていたものが、次第に大型船にも付くようになったとされています。

◆城郭
 お城の本丸、一の丸とかの「丸」。
 船名に丸の字が付き始めたのは鎌倉時代の頃からなので、城郭に丸の字が付く様になった時期より先であり、起源としては少し説得力に欠けるのですが江戸時代までは「丸」が付いている船は官船が多かった事など、普及した理由としてはそれなりの説得力があります。

◆朝鮮語
 朝鮮語で役所を意味する「マロ」が転訛した「丸」。
 これも、起源としては説得力に欠けるのですが、室町時代あたりでは朝鮮や中国に遣された使節船に多く丸名が使われたので、丸名の普及の理由としては説得力があります。

◆屋号
 屋号を示す「丸」。
 「〜屋」などといった「屋号」はかつては「〜丸」といい、それがそのまま船名になったという説です。江戸時代に書かれた小栗実記という書物には、丸名の由来として紹介されているそうです。

 といったものがあります。


 さて、丸名の根拠である「船舶法取扱い手続き」はカタカナで書かれている事から判るように古い規則で、最近では、あまり気にされておらず、商船はもちろん、官船すら<希望>とか<あこがれ>という風に、非丸名を使っている例が多数あります。

 また、イメージを優先する必要のある旅客船では丸名をつけないほうが普通のようで、、外航クルーザーが5隻中<にっぽん丸><ふじ丸>(商船三井客船)の2隻で半数以下というのはマシな部類で、外航定期客船は全滅。内航の客船/旅客フェリーも最優秀フェリー<いしかり>(太平洋フェリー)、高速フェリーの代名詞である「さんふらわぁシリーズ」(ブルーハイウェイライン/関西汽船)、高速客船<シーマックス>(石崎汽船)、初の実用テクノスーパーライナー<希望>(静岡県)などの有名・有力船から片道170円の<厳島>(宮島松大観光船)といった超近距離船まで、圧倒的に非丸名の船が多くなっています。

 対して貨物船や貨物フェリー、タンカーは外航・内航ともにまだ丸名が多く、日本最速の貨物フェリー<ほっかいどう丸>(川崎近海汽船)のようにバリバリの新鋭船でも丸名が付けられています。しかし、我が国最大のタンカーは<日彦>(日正汽船)で非丸名、前述の<ほっかいどう丸>にしても同時に竣工した姉妹船は<さんふらわぁ とまこまい>(ブルーハイウェイライン)と名づけられたように、こっちの方面でも非丸名の船も増えているようで、丸名の絶滅が心配です。

 もっとも、最近は外国籍船の就役に制約のある内航船はともかく、外航の日本籍船は僅か200隻以下まで減少しており、日本の生命線を支える残りの2000隻近くは外国用船(日本の会社が税金や保険、法律など関係でパナマなどに便宜置籍している船や、海外売却した事にして、チャーターバックして使用している船が大半)で、丸名とか以前に、日本船そのものが、絶滅してしまいそうな気配すらあります。


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