テクノスーパーライナー     



   今回は現用船・・というか、ちょっとだけ未来の船のお話。

 飛行機はコストが高い、船ではスピードが遅い、トラックは大量輸送に向かない。このジレンマを解消すべく研究が進められているのが「テクノスーパーライナー」(TSL)、国内主要港およびシンガポール・上海など東アジアの主要港を結ぶ「海の新幹線」とも言うべき新型船で、当面の目標は搭載重量1000トン、速力50ノット、航続距離500浬。長距離貨物のトラック輸送から鉄道・海上輸送への転換計画「モーダルシフト」の主力としても期待されており、政府の「ミレニアム・プロジェクト」に指定されるなど「国策」として運輸省を中心に造船会社や海運会社など関連業界が中心となって研究・開発を進めています。

 新型といっても、核分裂の力でお湯を沸かしてその蒸気でタービンを回すとか、海水に電流を流して水流を作り出すといった「凄い」新技術がとられている訳ではありません。
 TSLの基本は「高速を発揮するには船を浮揚させて水の抵抗を排除すれば良い」という考えで、2隻の実証実験船では「水中船体を使って揚力を発生させる方式」と「双胴船体の空間部分に空気圧をかけて船体を浮揚させる方式」を採用しました。
 実は前者は「水中翼船」、後者は「ホバークラフト」として、もう何年も前から実用化されています。しかも佐渡汽船(新潟−佐渡)やJR九州(博多−釜山)などが運航している水中翼船の一種・ジェットフォイル艇は高速発揮の仕組の他に機関(ガスタービン)や推進方式(ウォータージェット)までTSLと同じなのです。
 では、TSLの何が新しいかというと「大きい」と「適当」を実現している点です。ジェットフォイルやホバークラフトは完全に船体が水面から出てしまうので、原理的に「飛行機」になってしまい、あまり大きな船体にはできませんし、また重たい荷物も積めません。
 そこで、TSLは浮力を調整して完全に浮きあがるのではなく、船体の一部分は水に漬かっている状態にして重量物が搭載可能な「船」としての特性と水の抵抗を受けないという「飛行機」の特性の両方を実現し、その比率をコントロールする事で速度と搭載重量の最適のバランスを作り出すのです。

 TSL計画は10年以上前から進められていましたが、平成6年に実証実験船の建造に漕ぎつけ、水中翼船型1/6実験船<疾風>とホバークラフト型1/2実験船<飛翔>の建造に成功、各種の実験航海を行なった後に<疾風>はリタイアして神戸のメリケンパーク内に揚陸展示になりましたが、<飛翔>は静岡県が購入して防災船兼高速フェリー<希望>として実用化され、平成12年にTSLの保有・整備を行なうTSL保有管理会社を発足させ、平成14年の第1船の就役を行なう事を目標に計画が進められており、本格的な実用化まであと一歩のところに来ています。

TSL
 実験船<飛翔>改め防災船兼カーフェリー<希望>


 もちろん、TSLにも問題もあります。
 第一は船価が恐ろしく高くつく事です。静岡県の<希望>の購入価格は4億円(カーフェリーへの改装費18億円)ですが、もちろんこれは正当な船価ではなくて「実験船の払い下げ価格」であり、実際の船価は100億円を超えるとも言われています。
 また、新技術の塊ですから当然ながら整備コストも高騰しており、<希望>の整備費はガスタービン機関の開放点検(一定時間毎の定期点検)だけでも年間1億円はかかっています。
 そこで政府は民間海運会社にTSLを保有させるのは困難と判断、政府出資で「TSL保有管理会社」を設立してTSLの建造・整備を行ない、海運会社は保有管理会社から用船を行なう方式を取ることにするようです。
 また、コストといえば燃料の問題もあります。従来船で使用されているディーゼルが使用する重油にくらべて高価な軽油を使用します。トータルのコストパフォーマンスはトラック並との事ですが、船と比べれば眩暈のするレベルです。
 新技術ゆえの不安もあります。特にTSLは船体材にアルミを使用する事になっていますが、従来、溶接・腐食・クラック・火災時の被害拡大などからアルミは船材としては不適な為に特に大型船での使用実績は皆無でTSLが最大のアルミ船となります。新技術が材質的特性をどこまでカバーできているのか、一抹の不安が無い訳ではありません。
 また、従来の海上交通法規や慣例、航法システムや安全システムはたかだか20ノットで航行する船舶用に作られているものなので、当然50ノットのTSLには不都合な事が多々あります。もちろん、政府も馬鹿じゃないのでこちらの方面の研究・開発も行なっていますが、最初のうちはいろいろと事故やトラブルが起きそうな気がします。

 そもそもTSL不用論もあります。TSLなどというややこしくて高くつく方法を使わなくても高速貨物船は建造できるという意見です。
 なるほど、確かに敦賀=小樽航路の高速旅客フェリー<すいせん>は旅客515名、トラック122台、乗用車80台を搭載して33ノット、東京=釧路航路の高速貨物フェリー<さんふらわあ とまこまい>と<ほっかいどう丸>はトラック163台と乗用車46台を搭載して30ノット。対して実用TSLの第1期計画はトラック100台で40ノットですから、速度では僅かに勝ってるものの、船価、整備費、搭載量を考慮したコストパフォーマンスで考えるとすでに負けちゃっていて、「今」だけみると整備新幹線のような役人のメンツと関連業界と政治家の権益の為にある無駄な公共事業のひとつに見えます。
 しかし・・TSLは未来の技術です。今日はフェリー並でも、明日はもっと速くなるかもしれません。今日はフェリーより積めなくても、明日はもっと沢山積めるようになるかもしれません。ガスタービンはディーゼルより燃費は悪いですが、環境への影響(NOxの排出量など)では優れています。
 帆走からレシプロを経てタービン/ディーゼルへ、外輪からスクリューへ、船は進歩してきました。普通、こういう進歩は海軍に任せておけばいいのですが、日本の場合、それはちょっと期待薄なので、やっぱり政府と関連業界が進める現在の方式でいいんじゃないか・・私はそう思います。


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