昭和5年、日本郵船が北米航路シアトル線を強化すべく建造した、高速貨客船。

 日本郵船シアトル航路は明治29年の開設で、シアトルを終点とするグレートノーザン鉄道と提携し、太平洋横断航路の基幹として栄えた。
 しかし、昭和に入ると<伊代丸><横浜丸>などの6000総トン級の貨客船では外国の1万総トンに近い新型船に見劣りするようになった為、高速・大型の本型3隻<氷川丸><日枝丸><平安丸>が投入された。

 昭和5年4月の<氷川丸>の処女航海から昭和16年8月に空船のままシアトルから<平安丸>が急遽帰国するまで11年間に渡り太平洋横断航路の主役として、チャールズ・チャップリンや秩父宮夫妻といった賓客やロンドン条約の批准書といった重要物件を運ぶ華々しい活躍を残した。
 日米関係が風雲急をつげ、シアトル航路が休止となると<氷川丸>は政府徴傭の引揚船となり、昭和16年11月からは海軍に徴傭され病院船に改造された。
 病院船<氷川丸>は太平洋を縦横に駆け巡り、戦後は復員業務に従事、昭和28年よりシアトル航路に復帰、昭和35年に引退し、山下公園で係留保存されている。

 2番船<日枝丸>は昭和16年11月から徴傭され、昭和17年に第六艦隊第八潜水戦隊の特設潜水母艦となり、クェゼリンおよびラバウル方面で活動、昭和18年11月1日より特設運送艦となったが、11月17日、マニラからラバウルへの輸送任務完了後、トラックへの帰路で米潜の雷撃を受けて沈没した。

 3番船<平安丸>は昭和16年10月に第六艦隊第六潜水戦隊の特設潜水母艦となった。
 <平安丸>の作戦行動には不明な点が多く、おそらくクェゼリン・トラック方面で活動したらしいが、詳細は不明である。
 昭和19年2月17・18日のトラック大空襲によりその生涯を終えた。



氷川丸型の戦い:爆破未遂事件 〜日枝丸〜


 対日感情が悪化の一途とたどっていた昭和12年11月、シアトルのグレートノーザン鉄道桟橋で他人の衣服を抱えた不審な男性が逮捕された。
 男の供述によれば、その衣服の持ち主はカナダのブリティッシュコロンビアに住む大学講師で在泊中の<日枝丸>に爆弾を仕掛ける為に海に飛び込んだとの事で、必死の捜索の結果、男の水死体と300本のダイナマイトが発見された。
 万一、<日枝丸>が爆破されていた場合、その後の日米関係がどうなったか、興味深い話ではある。


氷川丸型の戦い:奇跡の幸運船 〜氷川丸〜


 
 <氷川丸>はとにかく幸運船である。
 まず、病院船に選ばれるという幸運により、特設潜水母艦となった姉妹達と命運を別つ事になる。
 しかし、<阿波丸>のように米軍より安全航行が保証された(というか、米軍が運航を依頼した)交換船でさえ、撃沈される事がある為、病院船といえども安全であるとはいいきれず、軍需輸送がバレたり、その疑いをもたれたりで攻撃された病院船もある。
 また、潜水艦や航空機はともかく、機雷は病院船を避けてはくれず、<氷川丸>も3回触雷しているが、3度とも事無きを得、日本の外航船でほとんど唯一の生き残りとなった。
 その後、元の航路にカムバックし、二度目の栄光を掴み、引退後は保存の為の会社(氷川丸観光株式会社、現氷川丸マリンタワー株式会社)が作られ、山下公園で「豪華客船体験アミューズメント博物館」として「第5の歴史」を静かに刻んでいる。



氷川丸型の戦い:特設病院船水雷科 〜氷川丸ほか〜

 特設病院船には「水雷科」があった。
 水雷科というのは、普通は魚雷や爆雷を担当する部署であるが、いかに日本軍が国際法を破る常習犯でも病院船に魚雷や爆雷を装備するほど恐ろしい真似はしていない。
 では何かというと、積載艇の運用係なのであるが、何か他に名前を思い付かなかったなんだろうか・・(まあ、魚雷や爆雷を積んでない戦艦にも同様の水雷科があるが)

 ちなみに病院船には、普通、兵科・機関科の士官は乗組まず軍医科、薬剤科、看護科それに主計科のみであった為、配置も若干変則的になり、通常は若い兵科士官が努める「甲板士官」も看護科の准士官や特務士官が務めていた。


氷川丸要目

 名  称   氷川丸型
 ネームシップ  氷川丸
 建造時期  昭和5年4月25日〜昭和5年11月24日
 建 造 数 3隻
 総 ト ン  11621トン
 長  さ   155.94m
 水 線 幅   20.12m
 吃  水   12.4m
 主  機   B&W型ディーゼル機関 2基
 推 進 軸 2軸
 主  缶   −−−
 出  力   11000馬力
 最高速力  18.21ノット
 巡航速力 15ノット
 燃料搭載量  
 乗  員   133名(計画)
 126名(戦後)
 乗客定員 一等72名、二等70名、三等140名(計画)
 キャビン80名、ツーリスト69名、サード127名(戦後)
 貨物容量  

同型艦:
 氷川丸、日枝丸、平安丸