特設潜水母艦

 商船を潜水艦への補給や乗員の休養、酸素魚雷の調整を目的に改造したものが特設潜水母艦である。
 決して潜水艦を搭載している訳でも、自ら潜水する訳でもない。
 補給はともかく、休養は船倉でさせる訳にはいかないので、比較的優秀な貨客船が割り当てられた。

日枝丸・平安丸(日本郵船)

 昭和5年に日本郵船が建造したシアトル航路向け貨客船氷川丸型の2・3番船。長女の<氷川丸>は病院船となったが、妹達は潜水母艦となった。
 姉の<氷川丸>、異母姉とも言えるサンフランシスコ航路の浅間丸型と共に北太平洋における日本商船隊の全盛期を支えた。
 <日枝丸>は昭和16年9月に政府に徴用されインド・東南アジア方面の邦人引揚に従事、その後は海軍に徴用され南方方面の輸送に従事した。この時の物件の中には真珠湾攻撃から凱旋する将兵達への祝宴用の物資もあったという。
 昭和17年4月より第6艦隊第8潜水戦隊の母艦としてクェゼリン、トラックやペナンを転戦、昭和18年10月に運送船となり、ラバウルへの輸送任務の帰路に潜水艦の雷撃をうけて沈没した。このとき、乗員および便乗者は空母<沖鷹>で横須賀に戻る事となったが、その<沖鷹>も横須賀を前に潜水艦に撃沈されるという二重の悲劇が生じた。
 <平安丸>は昭和16年8月の対日資産凍結令をシアトルで接し、空舟のまま急遽帰国。戦前シアトル航路の最後の船となった。
 昭和16年10月、徴用され潜水母艦となった。潜水母艦としての<平安丸>の行動は任務上、不明な点が多いが、昭和19年2月18日、いわゆる「トラック大空襲」により沈没したという事は間違いなくはっきりしている。
 

総トン数 11621トン/全長 155.94m/機関 ディーゼル11000馬力/速力 18.2ノット



靖国丸(日本郵船)

 昭和5年、日本郵船が欧州航路ロンドン線(倫敦郵便線)向けに建造した高性能貨客船。太平洋航路の浅間丸、氷川丸などと共に短かかった「日本商船の夏」の演じた。
 昭和15年、第二次欧州大戦の激化により欧州航路が休航となり海軍に徴用、潜水母艦となった。
 開戦後、第六艦隊の潜水母艦として各地を転戦、戦争中盤以降は潜水母艦のまま輸送任務にも従事した。
 昭和19年1月24日、輸送任務中にトラック沖で潜水艦の雷撃をうけて沈没。轟沈であった為、生存者はごくわずかだった。
 なお、姉妹船<照国丸>は昭和14年11月21日、イギリス・ハーウイッチ港外で触雷・沈没。日本商船の「第二次世界大戦」における最初の犠牲となっている。

総トン数 約11930トン/全長 154.76m/機関 ディーゼル 10000馬力/速力 15ノット



特設潜水母艦一覧
船名船主総トン数終末・備考
靖国丸日本郵船1193319.1.31 雷撃により沈没
平安丸日本郵船1161419.2.18 空襲により沈没
日枝丸日本郵船1162118.10.1 運送船に転籍
さんとす丸大阪商船726618.3.15 運送船に転籍
りおでじやねいろ丸大阪商船962618.9.15 運送船に転籍
筑紫丸大阪商船813520.1.10 運送艦に転籍
船名が斜体のものは他船種からの転籍