[Back]

零式戦訪問記

 ある日曜の朝。いつもは昼前まで目覚めないのに、その日に限って少し早く目覚めた。
 突然、零式戦な衝動にかられた。「零式戦に遭いにいかねば!」
 2時間後、私は白浜に向かう特急「くろしお」の車内に居た(笑)

 と、いう訳で今回は南紀白浜、零パークの零式戦その他を見てきました。
 数年前に京都の嵐山美術館が移転してできたもので、オリジナルの零式戦が見れる数少ないスポットとして知られているのですが、私の家からだと特急を使っても片道2時間強と少し中途半端な距離にあり、今まで行く機会がなかったのですが、今回、電波に曳かれていってまいりました。

 私は遠出するときはかなり入念に計画を立てるタイプなのですが、今回は電波に誘われての衝動的な行動なので準備のたぐいは一切ナシ。列車の連絡や時刻はおろか、零パークの場所だって「白浜のどこか」としか知らない。
 第一次ソロモン海戦並の計画だけど大丈夫、なんたって今回はラジオナビゲーション! 衝動で行動すれば電波が導いてくれるはずだ(笑)

 ・・電波の導きかどうかは知りませんが、JR白浜駅で場所を聞いて、臨海ゆきのバスに乗って「東白浜」で降りればまん前、あっさり到着。聞く所によると、この臨海ゆきは本数が少ないので、時間によっては「桟橋前」から歩くコースも考えたほうがいいそうです。また、地元の人に道を尋ねる時は「零パークに行きたい」というよりは「白浜御苑に行きたい」と聞いたほうが判ってもらえるとの事でした。(ちなみに白浜御苑は零パークの向かい)

 では、今回の遠征の「戦果」を紹介します。

零式艦上戦闘機 零式艦上戦闘機六三型(五三型という事もあります)。
 六三型は大戦末期に登場した250キロ爆弾が搭載可能な戦闘爆撃機モデルですが、実際は爆弾を投下せずに機体ごと体当たりする特攻攻撃に使用されたようです。
 零式戦は繊細な機体に恐るべき攻撃力を秘め、熟練者が操縦すると絶大な威力を発揮する日本刀のような戦闘機で、出現当時は向かうところ敵なしで「ミステリアスな性能」と評されましたが、次々と登場する新型機に抗しきれなくなり、熟練者が倒れ新人が多くなっていくとその威力を失い、最後は特攻機として使用された日本の民族性と栄光と悲劇を一身で具現した戦闘機であるといえます。

 この機体は琵琶湖に沈んでいたものをレストアしたもので、オリジナルの零式戦は全シリーズを通じても世界に数機しか残っていない貴重なモノ。一応、屋根はついているのですが、壁がないから潮風が・・・ぜひとも壁もつけてやってほしいもんです。 

 特殊潜行艇「海龍」
 水中翼で姿勢を制御するという、水中飛行機というべき2人乗りの小型潜航艇です。
 「水中飛行機」は軍令部の浅野大佐の発案によるものでしたが、画期的すぎて海軍の設計部門である艦政本部でマモトにとりあってもらえなかったので、東芝の佐藤技師を顧問に迎え、横浜高等工業の海軍依託学生を率い、航空本部や艦政本部の技師の個人的な助力は得たものの「シロートとヒヨッコ」だけで完成させるという大技を成し遂げました。
 いわゆる「人間魚雷」という奴ではなく魚雷2本を装備する潜航艇として計画されましたが、実際は魚雷の生産が追いつかず、頭部に炸薬を装備した特攻艇として運用される計画もありました。
 200隻あまりが建造されましたが、本土決戦用に温存されたため、戦果は上がって居ません。

 一等巡洋艦<古鷹>主砲
 <古鷹>は稀代の天才技師・平賀譲造船中将(当時大佐)により設計された、世界で初めて20センチ砲を搭載した高性能巡洋艦でした。

 で、この砲の出所が不明。案内板には何も書いてないし、係りのお姉さんに聞いても判らないし、収蔵品目録の類はないし・・・・
 <古鷹>は最初は20センチ単装砲でしたが、後に<妙高>の20センチ連装砲をもってきて、内側を削って20.3センチにして使ってたわけですが、これは最初の20センチ砲なんでしょうか、それともサヴォ島沖に沈んでたのを引き揚げてきたんでしょうか・・

 25ミリ連装機銃(機銃)

 開戦の頃の主用艦艇の艦載機銃としては最もスタンダートなものでした。
 フランスのホチキス機銃の国産化版で、イギリス軍のポムポム砲やアメリカ軍のボフォース40ミリのような破滅的な威力はありませんでしたが、それなりに優秀な機銃でした。
 開戦後、主用艦艇の艦載機銃は威力を重視して3連装に改められていきましたが、その3連装機銃も展示されていました。

 「零パーク」、規模は期待していたよりも小さく、「遊具の変わりに兵器が置かれた都市公園」といったところでしたが、その密度はすばらしいものがあり、零式戦や特殊潜航艇といった大物のほかに各種の小銃や砲があり、兵器に限定すれば靖国神社より多いかもしれません。
 ただ、残念なことは各展示品の解説が極端に少ないこと。「博物館」ではなく「美術館」だから仕方のないことかもしれないのだけど、零式戦などの「目玉商品」でも小さなプレートがある程度で、小銃や機銃などは名前しか書いてないものが多く、せっかくの説明も「銀河」の解説のように「末期は特攻機の母機として使用された」などと間違えている(桜花の母機は一式陸攻。銀河用の桜花も計画されたが、実戦では使用されていない)というのは悲しいです。ちゃんとした解説文を作り、ついでにそれを写真集形式の収蔵品目録にしてくれれば非常に嬉しいのになぁ・・


 左から12センチ高角砲、95式軽戦車(陸軍)、92式爆雷、桜花用ロケット