海風型に搭載されたパーソンズ式タービンは予想より優秀な能力を発揮したが、その形式(直結タービン)上、低速運転時の燃費が極めて悪いという構造上の欠点を持っていた。
 この構造的欠点に対し、レシプロ機関との併用などの案が出されていたが、結局、英ヤーロー社が提案したディーゼル機関併用に決定、日本駆逐艦としては、最後に外国で建造された艦となった。

 計画では、高速時はタービン推進で22000馬力28ノット、巡航時はディーゼル推進で1000馬力13ノットとなる予定であったが、第一次世界大戦の勃発で、予定されていた独フルカン社の減速流体継手が不可能となった為、ディーゼルの搭載は中止され、平凡な艦となったが、雷装は強力で日本海軍で最初に53センチ魚雷を搭載した事で知られているし、日本海軍初の重油専燃駆逐艦でもある。

 <浦風><江風>の2隻が発注されたが、<江風>は大戦により駆逐艦不足に悩むイタリア海軍に建造中に売却された為、<浦風>単艦となり、水雷戦隊への編入が困難であった事から、おもに揚子江警備艦として大陸で使用された。



浦風型の戦い:数奇なる運命 〜江風〜

 浦風型2番艦として建造が予定されていた<江風>は、イタリア海軍に売却されイタリア海軍駆逐艦<オーダチェ>となった。 
 <オダーチェ>は戦争を生き抜き、<サン・マルコ>と改称された後も長くイタリア艦隊で活躍、第二次世界大戦でイタリアが降伏するとドイツ軍に接収されドイツ海軍駆逐艦<TA20>となり、昭和19年11月に戦没した。
 なお、<江風>の名は売却代金で新たに建造された新駆逐艦に引き継がれている。


浦風型要目(新造時)

 名  称   浦風型
 ネームシップ  浦風
 建造時期  大正4年9月14日〜大正5年12月23日
 建 造 数 2隻
 基準排水量  810トン
 全  長   87.6m
 水 線 幅   8.6m
 吃  水   2.4m
 主  機   ブラウン・カーチス式直結タービン2基 
 推 進 軸 2軸
 主  缶   ヤーロー式水管缶3基(重油専燃) 
 出  力   22000馬力
  計画速力  30ノット
 航 続 力 15ノットで1800浬
 燃料搭載量  重油170トン
 乗  員   115名
 兵  装   12センチ40口径単装砲 1基
  8センチ40口径単装砲 4基
  53センチ連装魚雷発射管 2基



浦風型の航跡

浦風 Urakaze
大正4年9月14日、英ヤーロー社にて竣工、一等駆逐艦に類別
昭和11年7月1日、除籍
昭和20年7月18日、被爆着底。戦後解体

江風 Kawakaze
大正5年8月7日、除籍
大正5年12月23日、英ヤーロー社にて竣工、イタリア海軍駆逐艦<オーダチェ>
昭和18年9月12日、ドイツ海軍に接収。ドイツ海軍駆逐艦<TA20>に改称
昭和19年11月1日、戦没