サフィズムの舷窓
 サフィズムの舷窓

  ライアーソフト 定価:8800円  発売:2001年5月

 ライアーソフトの18禁AVG。
 ライアーソフトといえば「行殺新選組」だとか「ブルマー2000」のような「馬鹿げー」が印象的でしたが、今回は登場人物が全員女性の「レズゲー」で「耽美推理アドベンチャー」と銘打っていますが、それほど吹き飛んだ印象はありませんでした。もっとも、パッケージは少女コミックを模したもので、背まで付いた凝ったものでしたが・・・

 ストーリーは洋上の女子校船<ハンキング・バスケット・ポーラースター>で連続レイプ事件が発生、レズの王子様として名を馳せる主人公・杏里に容疑がかかり、嫌疑を晴らすためにヒロインを護衛しつつ、友人達(多くは杏里の「子猫ちゃん」達)の助けを借りて犯人探しを行うというもの。

 船内図に女の子の居場所が表示されるので、そこに行って、女の子達と会話したりして事件の情報を集めていく形で進行します。
 ストーリーは推理物ですが、実際にプレイヤーが推理を行う事はなく、また誰のところへ行けば情報が手に入るか、事前にヒントが出ている訳ではないので、あてすっぽうで選んでいく事になる、ややタチの悪い「場所探し型」です。
 ゲーム期間は平日に捜査を行い日曜日はヒロインとデートする形式で3週間。ただし3つのシナリオのうち2つは3週目はほとんどすっとばされます。1日の選択肢は場所選択が2〜3回、イベント中の選択肢が1回あるかないかで割とサクサクすすみます。

 冒頭で3人のヒロインから1人を選び、あとは一本道シナリオになります。シナリオによっては大どんでん返しがあったり、派手なクライマックスがあったりと変化に富んでいます。ただ、展開が突飛なので推理もなにもあったもんじゃありませんが・・
 難易度については脈絡のない場所探しがあるのですが、毎週土曜日に進行チェックがあるのでトライ&エラーで対応できるのと、ある程度はフラグを立て忘れても問題なく進行する(全クリア後のおまけシナリオで影響)ので、低いといえるでしょう。

 システム等はわずかに貧弱かと思えますが、まあ可も無く不可もなく。ロード&セーブは随時で10箇所、トライ&エラーが必要なゲームとしては少なめですが、各週の頭と選択肢を選ぶ直前にセーブしておけば通常に進行させるには充分なので10個で足ります。
 機能面ではスクロールマウス対応の読み返し、スキップ(既読のみ/全て選択可能)、画面サイズ、BGM・VOICEのオンオフ、メッセージ速度の設定。
 読み返しはシーン単位なので少し範囲が狭いような気もしますが、まあ許容範囲です。しかし、スクリーンサイズの指定が「可憐に小さく/華麗に大きく」、ボイスの指定が「天使の歌声/冥府の静寂」、メッセージ速度が「小川のせせらぎ/木陰を渡る風/雷鳴の如く」って・・まあ、ライアーソフトらしいのですがね。

 本作の私的評価は・・「上の下」、まあ標準的な佳作といった感じです。ボリュームがやや少ないのと脈絡の無い場所探しは減点ですが、それ以外は手堅くまとまっています。ライアーソフトらしい吹き飛んだ設定のキャラがいろいろと登場しますが、物語を破壊する方向には吹き飛んでおらず、きちんと収束させている点は偉大です。
 本作はレズ物なので、「属性物」になるのでしょうが、主人公の杏里が男らしい性格(?)なので、レズ物であるという事はあまり意識させられません。(というか、時々、杏里が女の子である事を忘れさせてくれます)

 お気に入りキャラは・・・ソヨンかな。ギャルゲーとしてはちょっと珍しいコリアンで民族衣装のチョゴリが大変いい感じです。
 日本人のもつ韓国人の良いイメージ(真面目で上下の序を重んじる)が前面に出たいい感じのキャラですが、「世界で一番おとなげ無い二国間関係」だけにややこしい事にならないか心配です。

恐るべしポーラースター

 物語の舞台となる<ハンキング・バスケット・ポーラースター>(以下<ポーラースター>)は豪華客船を利用した洋上の女子校で、生徒はもちろん、教員・船員に至るまで全て女性で構成されており、「海に浮かぶ花の吊り篭」などといわれていますが、この船は実にすごい。「より速く、より多く、より遠くへ」は交通機関の永遠のテーマで数千年にわたる先達の努力により着実に前進はしていますが、いまだ<ポーラースター>に現在の造船テクノロジーは遥かに及びません。

 <ポーラースター>の全長は1000mを超え、速力は100ノットとの事。現在、日本最長の客船は新日本海フェリーの<すいせん>などの199m台ですから、がんばったら積載できちゃうかもしれません・・・メガフロートの類を除く世界最大の船舶はタンカー<シーワイズ・ジャイアント>ですが、これだって458mと、<ポーラースター>の半分以下に過ぎません。
 総トン数の明記はないですが、よっぽど変態的な形をしていない限り、50万総トンぐらいはいきそうです。
 まあ、メガフロートは一応は1000mあったので、大きすぎて建造するドックから先に作らないといけないとか、港に入れないとか海峡や運河が通行できないので全く使い物にならないなどの難点に目をつぶれば1000mの船は作ろうと思えば造れないことは無いと思います。
 難しいのは100ノットとの両立。

 100ノットといえば時速180km。新幹線や飛行機には負けますが、在来線の特急列車よりも高速なのです。
 パワーボートやWISEEといった特殊な船では100ノット出るものもありますが、お客や荷物を積むようにできている普通の船では、ジェットフォイル艇や水中翼双胴船といった300総トンやそこらの小型高速艇で40ノット台、大型船では30ノットも出れば充分高速船です。
 造船日本の威信を賭けて計画中の「テクノスーパーライナー」は船体を浮揚させる事で水の抵抗を軽減する方式を採用し、大型・高速を目指していますが、目下の目標は1万5千総トン50ノット(現在、実用化されているのは3000総トン40ノット)です。

 船の高速化というのは、「エンジン出力を2倍にすると速度も2倍」などという単純なものではなく、「エンジンの出力と速度は3乗に比例」という説もあるぐらい(正式な理論ではないのですが、概算計算ぐらいはできます)効率が悪く、たとえばアジア最大の客船<スーパースター・レオ>は7万総トン・25ノットで5万4千馬力ですが、それより一回り以上小さい1万7千総トンの日本の高速フェリー<すいせん>はレオより5ノット優速の30ノットを実現する為に6万5千馬力を必要とし、逆にレオよりひとまわり大きな10万総トンの<グランドプリンセス>は22ノットである為、出力は4万馬力で済んでいます。

 <スーパースター・レオ>クラスの船を100ノットで航行させようとすると単純計算で350万馬力ほど必要となります。<ポーラースター>はレオより遥かに大きい訳ですが適当なタイプシップがないので概算しにくいので、とりあえず350万馬力で話を進めることにします。
 クルーズ客船としては特に高出力な<クイーンエリザベス2>の機関出力は13万馬力、戦艦<大和>は15万馬力、原子力空母<エンタープライズ>38万馬力。350万馬力の前には既存の艦船用の機関なんぞ、ほとんど誤差の範囲内なのです。それどころか泊原子力発電所156万馬力、美浜原子力発電所224万馬力と小規模な原発では、まるごと1個分でも足りないのです。

 原子炉というのは大きさの割に大きな出力を得る事ができますが、発電タービンやら熱交換装置、ウラン貯蔵庫、放射能防御施設などを加えると相当大きくなります。
 大半が緑地や防犯地帯とはいえ、美浜原子力発電所でさえ敷地は甲子園球場12個分あり、それより大出力な原子炉を船に積む訳で、どこかに無理がでます。おそらく、ロシアの原潜並の安全性と信頼性の確保も難しいでしょう。

 次の問題は騒音と振動。燃料が原子力とはいっても、推力に変える装置は蒸気タービンですから騒音や振動はちゃんとあります。
 以前、<すいせん>に乗船した事がありますが、船室が最上階前方とベストポジションだったにも係らず、エンジン音と壁の振動はかなりありました。<すいせん>はディーゼルですから、タービンの<ポーラースター>より微細振動や騒音は不利ですが、なんせ出力が60倍ですからねぇ・・・部品が脱落したり、構造部材が金属疲労を起こさない事を祈ります。

 まわりに与える影響も深刻です。350万馬力だとプロペラでは無理でしょうから、ウォータージェット、あるいは超伝導推進あたりを使うのでしょうが、どんな方法を使うにしろ、原理は水を「吸い込む」のと「押し出す」です。
 ボードなどで高速航行する大型船に極端に近づくと転覆する危険がありますが、ここまで大出力だと近づくつもりはない船まで、吸い込んでしまう危険すらあります。

 さらに風。船が動けば、当然、同じだけの速さの風が発生します。
 向かい風が吹いていると、その分が加算され、追い風だと減算される事になりますが、無風状態で30ノットで移動した時に甲板に吹く風は約15m/s、台風とまではいかないもののかなり強烈な風で傘をさすと壊れる事があります。
 人が飛んでいくような風ではないですが、どんくさい客がいないとも限らないので、高速船が高速航行する時は甲板は立ち入り禁止にするのが普通です。
 30ノットでそんな感じですから、100ノットだと・・・風速50m/s。木造家屋は吹き飛び、小石や瓦は飛び交い、列車は倒れて大被害という「きわめて強い台風」クラスの風が吹き荒れます。
 作中、甲板でくつろいだり、窓から顔を出したりしますが、そんな事は自殺と同意語です。

 放射能に体を蝕まれ、激しい振動で手足は真っ白、耳は遠くなる。たまに回りの船が巻き込まれて衝突してくる、甲板でちょっとでも気を抜くと吹き飛ばされて海に転落する・・・性能も恐ろしいですが、乗りごごちはもっと恐ろしい事になりそうです・・・


おまけ:
 世の中、広いもので、本当に女性だけで運行される船があります。
 大阪のUSJと対岸の天保山を結ぶキャプテンラインのシャトル船<キャプテン・クック>と<キャプテン・シルバー>。
 船体ではなく、航路の全長が1kmかそこらという小型艇(60総トン)ですが、船長・機関長から綱取り・券売まで、クルー全員が女性です。なお、乗客には性別制限はありません。