夢のつばさ
 夢のつばさ

  KID 定価:5800円  発売:2000年9月

 「輝く季節へ」(オリジナルPC版タイトル「ONE」)の凄まじい移植で「ONE」ファンを呆然とさせたKIDですが、「メモリーズオフ」「インフィニティ」など続けて読ませる作品を発表、「インフィニティ」のバグ騒ぎでもすばやい対応を見せて、私的に「信頼できる」ソフトハウスとなったKIDのプレイステーション用AVG。

 主人公は空で行方不明となったパイロットの父親が遺した九三式中間練習機をレストアして飛ばす事が夢の高校生。夢の第1歩としてULP(軽飛行機の一種)飛行資格を取ろうとした夏休みに起こった物語です。

 ヒロインは「草原で倒れていて主人公と同居する事になる謎の美少女・しずく」「明るく活発で幼馴染で隣に住むいとこ・勇希」「明るく一直線な親友の妹・桜花」「どこか陰のある喫茶店でバイトする女子大生・しなの」の4人。
 設定的には父親の死をひっぱっているので「死にゲー」に属し、それなりに重い部分もあるのですが、心理描画が深刻でないせいか、あるいはラブラブ話が強いせいか、「メモリーズオフ」や「インフィニティ」に比べると随分と精神的プレッシャーの少ない気楽な作品に仕上がっています。
 キャラによって、シナリオのクォリティが違っていて、勇希と桜花は小気味良いテンポの本当に良く出来たシナリオですが、メインヒロインのしずくは若干、もう1人のしなのはかなり冗長な印象を受けました。まあ、それでも今までの作品に比べると随分とテンポは良くなっていますけどね。
 他には、主人公の性格が単純で思慮なさすぎと思える部分がちょっと気になりましたが、まあ若さゆえの過ち、青春ってやつなんでしょう。

 CGは成瀬ちさとさんの繊細な絵がきれいにでていると思います。ただ、輪郭線の処理というか、キャラ絵と背景の重ね合わせ処理の部分が雑になっている部分が方々にあるのは残念な所です。
 あと、気になったのは設定とCGの乖離が見られる点です。海軍マニアな桜花ちゃんに関してなんですが、私服に襟章を付けてたり、日本海軍をイメージした帽子をプレゼントしてくれたり、大和の模型を作ったり、敬礼したりするのですが、襟章は青地に星と海軍ではなく陸軍軍楽兵の肩章だし、帽子や大和はどうみても宇宙戦艦の方だし、敬礼は肘を前に突き出して顔の前に手を持ってくる海軍式ではなく、肘を下ろしたままこめかみに手を添える、いわゆる「国鉄式」という奴になってしまっています。
 シナリオかキャラ設定した人が海軍マニアでキャラデザや原画の人がそうでなかっただけなんでしょうが、調べもしないで、いいかげんな絵描くんだったら、最初から出さない方がいいんじゃないでしょうかね。
 桜花ちゃんといえば、瑞雲のスペックを暗誦してたり、赤トンボの型番を一発で言えたりできる、なかなかレベルの高い海軍マニアなんですが、その割には「トラトラトラで突撃」(トラトラトラは真珠湾攻撃の時の攻撃成功の暗号文。突撃はトトト)とか瑞雲の兵装を「20ミリ機関砲」(海軍では20ミリ「機銃」)などと言うなど、海軍マニアらしからぬ台詞があるのが残念なところです(笑)

 重箱の隅をつつくのは置いておいて、作品としての私的評価は「佳作+」。メインストーリーであるところのしずくシナリオが他から浮いている等のちょっと惜しい部分もありますが、高いレベルでバランスのとれた良い作品だと思います。

 萌えキャラは・・深山勇希。主人公の家の隣に住む同い年のいとこで幼馴染、明るく活発、主人公の事を想っているのだけれども素直になれないという、お約束キャラで展開も「気づかない主人公」→「お互いに意識しあう」→「事件」→「雨降って地固まる」と、まったくお約束ですが、それゆえに安定した威力があり、シナリオのテンポの良さやいい感じのCVが上乗せされて大層いい感じになっています。
 そういえば、勇希は主人公と姓が同じ、つまり父方の従姉妹です。「痕」の柏木姉妹などストーリーを重視する作品では父方の従姉妹も出てくるのですが、通常の恋愛系では音声の都合なのか、母方の従姉妹(「北へ。」の春野琴梨、「Kanon」の水瀬名雪など)が多いようなので、ちょっと珍しいかもしれませんね。
 次点は白菊桜花。海軍マニアというのは置いといても明るくて真っ直ぐな良い娘。わたし的には勇希とは本当に僅差ですが、しずくルートやしなのルート時の「申し訳なさ」から勇希が首席、桜花が次点となりました。

夢のつばさと日本海軍

   うおぉ・・日本海軍が一杯・・・桜花の設定といい、これの設定を作った人は、あきらかに海軍航空ファンですな・・・

 まず、九三式中間練習機。これは本当に飛行機が出てくる・・というか、主人公の夢はこの機体をレストアして飛ばす事なので、まさに物語の基本アイテム。そう、「夢のつばさ」はオレンジ色の帆布製なのです。

 横廠九三式中間練習機(K5Y)。赤色(実際はオレンジ色)に塗られていたので「赤とんぼ」と呼ばれて親しまれた飛行機です。もちろん、赤色といっても3倍速いとか、男爵が乗っている訳ではなく練習機や実験機の陸海軍共通のカラーリングで、陸軍の立川九五式中間練習機も通称「赤とんぼ」でした。
 主に離着陸の訓練に使用する初歩練習機と実用機の中間の課程に使用する中間練習機に適当な機体が無かった事から海軍は昭和6年に横須賀海軍工廠に試作を指示、同年中に試作機が完成し昭和9年に制式採用となりました。
 バランスの取れた扱い易い機体で合計2629機が生産され、一部は民間でも使用されました。練習機としての他に基地間の連絡や移動用、大戦中は初歩練習機としても使われ、大戦末期には何を思ったのか特攻機としても使用されましたが、いくら傑作機といっても、所詮は練習機で最高速度210km/hの複葉機、敵護衛戦闘機を突破できる望みは皆無で、文字通りの「自殺攻撃」でした。


 主人公・深山祐一、空に憧れる高校生、とりあえずの目標はULP(軽飛行機の一種)の飛行資格の取得。ちょっと思慮の浅い部分がありますが、ゲームの主人公キャラとしてはアクの強くないあっさりタイプ。
 深山はもう1人いて、攻略可能ヒロイン・深山勇希。上で紹介しましたが、王道を征く幼馴染キャラです。

 飛行機は中島13試陸上攻撃機 深山(G5N1)。昭和12年、米ダグラス社から極秘裏に買い入れたDC−4E旅客機をベースに開発された陸上攻撃機で初飛行は昭和16年4月8日ですが、オリジナルからして生産機数1機(日本が購入したもののみ)という大ハズレだった上に国産の発動機はトラブル続き、油圧系や電動系も問題が多く機体重量は増大する一方で数機の輸送機型が生産されただけで不採用となりました。
 試作機は羽田に放置されたのですが、連合軍はかつて自分達が売りつけた大ハズレのコピーを「日本軍の新型の大型爆撃機」と勘違いして重点攻撃目標として攻撃を繰返し、かなりの無駄弾を撃たせたので、一矢を報いた感もあります。


 攻略可能ヒロイン・瑞雲しずく。メインヒロイン。草原に倒れている所を主人公が発見、そのまま同居する事になる謎の美少女。・まあ、想像の範囲内でした。

 飛行機は愛知水上偵察機 瑞雲(E16A)。昭和10年ごろから研究が進められていた急降下爆撃可能な水上偵察機で初飛行は昭和17年5月22日、昭和18年8月に制式採用となり昭和19年2月から量産が開始されました。日本海軍最後の水上偵察機です。
 フロート付きの水上機ですが急降下爆撃を行なえるように制動板が取りつけられ、さらに空戦も可能なように艦上戦闘機並の高い高翼面荷重が設定され、空戦フラップや自動消火装置といった零戦にも付いていないような設備まで付いたデラックスな飛行機でした。
 フィリピン・台湾・沖縄方面で地上基地からの偵察や艦艇攻撃に投入、完全に戦局が傾いてからの登場な割には、「現実的な」高性能な上に複座の為に夜間飛行が可能だった事も手伝って相当活躍、中でも第634航空隊の宮本・中島ペアは駆逐艦2隻と輸送船1隻を撃沈、各1隻を撃破する赫赫たる戦果を挙げ、大正6年の横廠式水上偵察機以来28年間(モーリス・ファルマンおよびカーチス水上機から起算すれば32年間)の日本海軍水上偵察機史の最後を飾りました。


 攻略可能ヒロインのひとり、白菊桜花。主人公の親友の妹。海軍兵だった曽祖父の影響で海軍ファンになった。元気で明るく一直線な年下担当。

 飛行機は九州機上作業練習機 白菊(K11W)。偵察員(操縦者以外の搭乗員)候補者が偵察機材の操作や爆撃や銃撃訓練といった機上作業の訓練を行なう為の飛行機です。
 機上作業練習機は諸外国では通常の複座機を使うのが普通でしたが、日本軍では何故か専用機の開発を行なう事となり、昭和15年頃から九州飛行機(渡辺鉄工所)で研究が開始され昭和17年11月に1号機が完成、昭和19年3月に制式採用されました。
 練習機なので速度は230km/hと低速で武装も貧弱ですが整備性に優れており、また練習機なので乗員数が多い事(操縦者1名、教官1名、学生3名または学生4名の合計5名)から大戦中は輸送や対潜哨戒などにも活躍しました。沖縄戦では特攻に使用されましたが、零戦や彗星でも中々命中しないのに、遥かに性能の劣る白菊がどうにかなる相手ではありませんでした。

 さらに、空技廠特別攻撃機 桜花(MXY7)。目標付近で母機の一式陸攻から空中発進し、3基の火薬式ロケットにより時速700km近い高速で飛行し搭乗員ごと1.2トンの爆薬と共に敵艦に体当たりするという、飛行機というよりは「1人乗りロケット爆弾」というべき特攻専用機。
 昭和19年8月に開発が開始され、9月には試作1号機が完成、昭和20年3月に「神雷特攻隊」の一部として実戦投入されましたが、「射程距離」が短すぎた為に鈍足・低防備の一式陸攻では射点に就く事すらままならず、敵護衛戦闘機により16機の出撃全機が母機ごと撃墜されてしまい、その後はゲリラ的な用法に転換、終戦までに散発的に出撃が繰返されました。
 大した戦果は挙げられませんでしたが(確実なのは駆逐艦1隻撃沈、駆逐艦・輸送船5隻程に損害)、米軍に与えたインパクトは大きく「BAKA−Bomb」という身も蓋も無いコードネームは零戦のコードネーム「ZEEK」と共に辞書にまで載ったそうです。


 攻略可能ヒロイン・秋水しなの。主人公が通うULPクラブの近くにある喫茶店でバイトする女子大生。少し陰のある年上代表。

 飛行機は三菱局地戦闘機 秋水(J8M)。水化ヒドラジンと過酸化水素の爆発的化学反応による生じる高圧ガスを噴出する事で飛行するロケット戦闘機。
 同じ形式で外見も類似しているドイツのMe163B「コメート」のコピーと言われる事がありますが、実際はドイツから製造権を購入したものの図面と部品一式を輸送中の潜水艦が撃沈されてしまい資料の大半は失われ、残った資料と記憶を頼りに日本で再開発したので、コピーというよりは真似して作ったという表現が正解です。
 化学式ロケットモーターで飛行するロケット戦闘機で速度800km/h、高度1万メートルまで3分30秒、30ミリ機関砲2門(何故か、これだけは機関砲)という迎撃戦闘機としては申し分のない高性能でしたが、飛行可能時間は僅かに5分、敵の位置によっては戦闘可能時間は1分以下という、ウルトラマン以上に一撃必殺な、まさに「局地」戦闘機でした。


 白菊桜花の兄で主人公の親友、白菊疾風。成績優秀で妹想いの友達想いのいい奴。

 陸軍機ですが四式戦闘機 疾風(キ−84)。軽戦並の格闘戦能力と重戦並みの速度と破壊力を兼ね備えた究極戦闘機として中島が開発した戦闘機で昭和19年4月制式採用されました。
 非常に高い水準でバランスの取れた傑作機で「大東亜決戦機」として陸軍の期待を一身に担って登場、長沙航空戦やフィリピン戦では期待に恥じない活躍をしますが、高性能の源である新型発動機ハ−45(海軍側名称「誉」)は高性能な反面、生産・整備性が極めて悪く、戦局の悪化に伴う整備力の低下や内地の生産能力の低下の影響をモロにうけ、終戦の頃には部隊によっては、まともに飛べる機体の方が少ないという酷い事態に陥っていました。一部の機体はB29に対する体当たり攻撃に使用されています。


 白菊桜花の親友、橘花。名前が出てくるだけですが、桜花に外泊のアリバイ作りを頼むなど、結構積極的な子のようです。

 飛行機は中島特殊攻撃機 橘花。ドイツのMe262をモデルに開発された我が国初のジェット機で昭和19年8月、決戦用の皇国2号兵器として開発がスタート、空襲が激化により設計グループは群馬県の農家に疎開し、蚕棚を使って開発を続け、昭和20年8月7日、15分間の飛行に成功しました。しかし、8月7日の第2回の飛行試験で離陸に失敗、大破。修理および2号機の生産が急がれましたが、結局、そのまま終戦を迎えました。
 本来は500kg爆弾を抱いて敵艦に体当たりする特攻兵器ですが、後に高速偵察機型や戦闘機型も計画に加えられました。


 ついでに、主人公達の通う学校の名前は晴空学園。

 飛行機は川西2式飛行艇改 晴空(H8K2−L)。二式飛行艇(二式大艇)に客室を設けて64名の乗客を輸送可能とした輸送機モデル。
 昭和18年初頭から開発が始まり11月に完成、38機が生産され搭乗員や重要人物の輸送などに活躍しました。
 二式飛行艇は太平洋戦争最良の飛行艇との誉れも高い傑作機で、アメリカの爆撃機を空中戦で撃墜するといった飛行艇離れした戦果を挙げています。また、ついぞまともな大型爆撃機を開発できなかった日本海軍にあって第二次ハワイ爆撃やオーストラリア本土爆撃といった長距離爆撃行を行なっています。


 余談ですが、海軍機の機種名の後ろにカッコ付きで付いているコードは日本海軍で使用されていたコードで、先頭が機種、2番目が序数、3番目がメーカー、4番目以降がバージョンとなっており、たとえばK5Yは横須賀海軍工廠(Y)が製作した日本海軍通算で5番目(5)の練習機、H8K2−Lは川西飛行機(K)が製作した日本海軍通算で8番目の飛行艇(H)で、2番目のマイナーバージョン(2)を元に製作した輸送機型(−L)という意味です。

二式飛行艇/東京・船の科学館  写真は晴空ではなく本式の二式飛行艇。
 飛行艇なので機体はずんぐりしてますが、同じ4発(エンジン4個)の大型機の「深山」は最高速度392km/h、上昇時間は5000mまで13分、航続距離5162km、武装は20ミリ機銃2門、搭載量250kg爆弾12発だったのに対し、二式飛行艇は最高速度454km/h、上昇時間は10分、航続距離7100km、武装は20ミリ機銃5門で搭載量は250kg爆弾8発と、スペックを並べるとどっちが飛行機でどっちが飛行艇がわからないぐらい優秀な飛行艇でした。