父通夜・告別式。

前回、「葬儀の予算/枕経/父の写真。」の続き。

月曜日。通夜の日。土曜日に父が亡くなって3日め。9時ごろに起きて何か食べようかと思ったら弔問客がきていたので着替えて、対応を手伝う。父の幼馴染たち4人だった。葬儀に参加したいようだが、母と押し問答になっていた。向こうは焼香して香典を置いて帰るだけやん遠慮しなや、と考えているようだ。「ここ最近、葬式が続きまして、年寄りばかりで、ばたばたしてるところに、故人しか知らない人が来ると大変でして、きてくれて帰れともいえませんし、対応する人もいませんし、もう親類だけでしようとなりまして、もう、こればっかりは順番で」。「順番で」のところで4人とも顔がくしゃっとなった。もうすぐ順番を迎えそうな人がいるのだろう。「そんで、そろそろ俺や~」って心の声が聞こえた。いや、そういう意味で言ったわけではないんだけど、伝わったようである。では、と、お花の申し出があった。「お花もなくそうと言っていたのですが、葬儀屋が花は亡くなった人の飲み水だと嫌なことをいいまして、父は透析で水を飲めなかったもので、お花だけは受けさせてもらうことにしようと言っています・・・」。お花はベルコ価格、1本15000円の消費税で16200円。1対なら倍である。

弔問客が帰ったあとは、甥っ子の相手をする。生前の父がいちばん大事にしていたものは孫(甥っ子)である。すこやかに過ごさせるのも供養だ。ビールの空き缶を放置してたら甥っ子に叱られた。4歳児のほうがしっかりしていることもあるな。甥:「この時計、なんで壁についてないの?」 私:「つけるのめんどくさいからそのへんにおいてるねん」。甥のいうことももっともだな。壁時計は壁につけるものだ。ハシゴを立てて、カナヅチで金具を打って、壁につけた。前日にカナヅチのおもちゃをゲットした甥は、本物のカナヅチが活躍するところを見て喜んでいた。

昼前に葬儀屋のオバチャンが写真とかを受け取りに来た。このオバチャン、保育士免許も持っているらしく、子供扱いが超うまい。「ボク、かっこいいねー!ジャニーズ入れるんちゃうか!」大阪のオバチャンっぽいジョークだけど、関東出身で耐性のない甥っ子は照れて変なテンションになって飛び跳ねていた。人生初「照れ」なのかな。ちなみにジャニーズが何かはわかっていないようである。

夕方に通夜の会場に向かう霊柩車が父を迎えに来る。あ、この家、あんま線香をあげてないなと思われるのもなんなので、みんなで線香をあげる。浄土真宗は、折って横にするそうである。このろうそくの消し方で妹夫婦が困っていた。当然、吹いてはいけないだろう。私が指で消した。ローソクはSMで慣れているというと、妹の夫はのけぞっていた。正式な方法は「横に置いてある榊の葉っぱで消す」そうであります。

夕方より、霊柩車で葬儀場に移動。棺に身の回りのものを詰めたり香典の名前の読み上げの順番とかを打ち合わせたりする。うちの家系は「濃い」のでややこしい。祖父の代に本家に女二人、分家に男二人が生まれ、本家の長女と分家の次男、分家の長男と本家の次女が結婚させられてそれぞれの家を継いだ。本家に婿養子に行ったほうが祖父である。本家には子供が生まれず、分家の3男が本家に養子にきたのが父だ。ちなみに父と母も親戚同士の見合い結婚である。母は一卵性双生児で同じのがもう一人いてるし、親戚はだいたい同じ顔をしている。家も和田が3軒並んでいる。

父は戸籍上は一人っ子だし、分家も高齢化して出席できる人をルール順に並べたら思ったのと違う感じになる。焼香は席順にして読み上げないことにした。

16200円の花。1本何百円かとして、まぁ、そのくらいはするか。父と幼馴染たち(と私)の出身中学校の「陵」だな。校歌の中では「みささぎ」と読んでいた。

法名、「聖昇」。文字数が少ないのは浄土真宗大谷派の流儀でケチったわけではない。あれ、おじゅっさんに父はクリスチャンだとは言ってないで、と思ったら母が「言ったで」とのことである。いい漢字を使ってくれている。

24万円ぶんの花。祖父の時よりグレードは落としたが、あんまり違いはわかんないな。

親族の相手をしている間、甥っ子がいないなと思ったら、葬儀会社の女性スタッフたちをはべらせて遊んでもらっていた。さすがサービス業だな。子供が上機嫌だったら式の印象も良くなるだろう。甥っ子が工具セットのパッケージに書いている別売りセットを発見して、なぜこれが入ってないのか言っていたという。あー。ドライバーとノコギリが入ってるヤツも売ってたわ。買ってあげると約束をした。

この色紙、絵が母で、文字が父である。亡くなるちょっと前の震える手で書いていたそうだ。父は川柳を習っていた。先生は堺の飲み屋「犬吉」のマスターの父だときいた。母の描いたスイカも上手いな。

通夜は、人数が少ないので、さっと終わった。おじゅっさんのお経も話も短かった。葬儀会社の人が短くするように言ってくれたのかな。食事の席で短くしてくれってゆうたんですよー、という話をしたら「短いなと思ったけど、ゆうたんかいな!!」って驚かれた。お経が短いことに関しては肯定的な反応でありました。

住職退席の後、母が事前にインタビューされていた内容でMCが入り、中島みゆきの「糸」を誰かがカバーした曲に合わせて15枚の写真のスライドショーが表示され、試験官に刺さったバラを年の数だけ挿すセレモニーをする。うまいことできていて好評だった。「うちの人おいてきてよかったわ。あんなん見せたら悲しみすぎて弱って死ぬわ」。「ババアのデスジョーク」だが、そんなことになったらオオゴトなのでちょっと控えめにしたほうがよかったかな。写真が豊富にあるので、親類と写っている楽し気な写真ばかりをチョイスしたんだけど、それがジジババには余計に悲しかったようであります。上記の写真の人物はみんな長生きした上で順番どおりに老いて割と最近まで生きていた。

母と二人で控室で泊まり込むことにしたのだが、冷蔵庫にビールがたくさんある。こういう日のビールはうまい。そういやあんまり父と過ごしてないなと、父の横でビールを飲む。眠くなったので寝たが、割とすぐスッキリと目覚めたので、もっかい父の横でビールを飲む。朝の6時ごろに葬儀会社の人たちが出勤してくる。担当の人、割と遅くまでいたぞ。ベルコ、労働時間、長いな。

告別式もシンプル。焼香して、棺に花を入れて、火葬場で焼いてる間に食事をする。母が「最後まで残ってくれる人だけだからお礼にいい食事を」とグレードを上げたのだが、火葬場の都合で時間に余裕もなくジジババだらけなのでそこらじゅうで「たべきられへんわ!」と悲鳴が上がっていた。

4才の甥っ子に火葬が済んだあとの骨を拾うところを見せるかどうかが議題になったが、見せるほうになった。親族だけだ。子供がはしゃいだところで怒る人はいない。葬儀に子供を近づけたら病気になった医学レベルの時代でもない。怖がって泣いたら可哀そうだというのは懸念されたが、予想通りなんのことかわかっていないようだった。

ついでに初七日の法要を済ませて、帰宅。済んでみたら、そう大変でもなかった。葬儀会社があらかたやってくれるのと親類だけで家族葬にしたのが大きかった。知らん人が来ないだけで相当楽である。

帰宅してすぐ、甥っ子の工具セットその2を買いに行った。大人が子供にした約束はすぐに守ったほうが教育上いいよな。喜んでいた。甥の父は、子供の頃は電車にしか興味なかったそうで、甥の父の母は子供がこういうのに興味もつんだと不思議がっていた。和田家のほうの血かな。

一泊して、本町に帰ってきた。名義変更とか色々あったけど、会社宛の郵便物とかFAXとか生ゴミとか冷蔵庫の中の生ものとかほったらかしだったので、さすがに戻らないといけない。いろんな食材が賞味期限切れになっていたが、乾燥した季節だったので生ゴミはセーフでありました。

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